「発酵じかん。」的な新潟旅をご案内
岐阜県の友人から連絡が入る。なんでも、週末はご夫婦で新潟を旅したいとのことである。
かしこまりました。
当WEBマガジンは、新潟の自然・風土・歴史・人が織りなすスローなライフスタイルを綴っております。せっかくですので、過去に記事にした土地や事柄等、そんな所をリアルに巡る旅に設定し、ご案内いたしました。
「発酵じかん。」の過去の記事と併せてご覧いただけると幸いです。
■大河津分水
―――過去に「大河津分水」を綴った記事はこちら「紐解く 蒲が生える原」―――
米どころ新潟。
米の収穫量日本一の、この地を作りあげたのが、この人工河川「大河津分水」の稼働に要因がある。それ以前の信濃川下流域は、三年に一度、洪水が発生してしまう土地で、その度に越後平野(蒲原平野)は、壊滅的な被害を受けてきた。その被害を防ぐためには、信濃川河口から50㎞地点のこの地から、海に向って信濃川の水を放出させる人工河川が必要で、明治40年に事業が決定し、のべ一千万人の人々が関わった工事は大正11年に通水を迎え、その後の様々な困難も乗り越え現在に至っている。
また、近隣の「大河津分水資料館」では古の新潟の風土や新潟県民の治水に関する思い、貴重な大河津分水の工事の資料等を観ることができる。あわせて、新潟の「なりたち」を知るには是非、立ち寄っていただきたい場所だ。
■越後旬彩・よね蔵
昼食は「よね蔵吉田店」にお邪魔した。よね蔵は「よね蔵グループ」が運営する新潟の人気居酒屋店で、新潟市をはじめ、県央地区(加茂・三条・燕)、長岡、東京、大宮、横浜で和食居酒屋を展開。
その他、焼肉割烹、イタリアンバルなど幅広く食の提案を行い、「食」を通じた地域活性化プロジェクトとして、「うまい新潟」を全国に発信している。
提供される食材は、農水産物、酒類など、地元生産者と直接取引を行い、厳選された素材のみが取り扱われている。
※ランチ営業は行っていない店舗もあるので要確認。
■宝山酒造
新潟市西蒲区岩瀬、新潟市の奥座敷と言われる岩室温泉の程近くに明治18年創業の宝山酒造がある。そんな歴史のある蔵がいち早く取り入れていたのが「蔵見学」。
今でこそ、「発酵」や「醸造」という文化が地域を活性化させるキーワードの一つとして認識され、蔵見学を当たり前のように実施している蔵が多いが、始めた当初は酒蔵は酒を造り、酒屋が酒を売るというのが暗黙のルールだった時代。何かと気苦労もあったと思われるが、今では年間一万六千人が訪れるとのこと。
蔵見学には、予約が必要だが、女将の接客や説明は一見の価値があり、杜氏が丹精を込めた酒にさらに深みを与えている気さえする。失礼ながらいわゆる大きな蔵ではないが、一本筋の通った名蔵だ。
■越後国一宮 彌彦神社
―――過去に彌彦神社を綴った記事はこちら「暮らす 彌彦神社に詣でる」―――
御祭神の天香山命(アメノカゴヤマノミコト)は、天照大御神(アマテラスオオミカミ)の曾孫で、紀元前657年に、現在の新潟県長岡市寺泊野積海岸にご上陸し、当地の住民に漁業、製塩、酒造などの技術を授けた後、海から山を越え、今の弥彦に移られ、人々に稲作と畑作を指導したと言われている。
言わば新潟の産業の祖が祀られているこの地には、公園や参道、観光施設も整備され、いつも多くの人々で賑わっている。
■角田岬・灯台
―――過去に角田岬を綴った記事はこちら「紐解く 判官舟かくし」―――
角田岬は登山コースにもなっていて、角田山の山頂から灯台を通り、そのまま海抜0メートルの角田浜まで下りることもできる。晴れた穏やかな日は、海風がとても気持ち良い場所だ。
■旧月潟駅
―――過去に旧月潟駅を綴った記事はこちら「暮らす 桜映えの駅を訪ねる」―――
かつて信濃川の分流、中ノ口川沿いに「コトコト」走っていた小さな電車は地元有志の方々に管理保存されている。
■小嶋屋総本店
新潟の名物の一つ「へぎそば」。
「へぎ」とは、そばが盛られている木製の器。その「へぎ」に盛られている「布海苔(ふのり)」をつなぎに使った「布海苔そば」こそ、発祥の地、十日町の産業と風土が生んだ特産品だ。
一般的に蕎麦のつなぎに使われる小麦はこの土地では栽培しておらず、小嶋屋の初代店主・小林重太郎が、着目したのは、十日町の産業である「織物」の作業工程で使われていた海草「布海苔」。その結果、あの独特の歯ごたえと喉越しを生む「布海苔そば」が完成する。
当日は二人とも未経験ということだったので夕食には「へぎそば」を食していただき、今回のツアーが終了。
以上、新潟の自然・風土・歴史・人が織りなすスローな旅の案内レポでした。