紐解く

人が願うもの

早月の加茂市にて。

2023531

 暦は、小満を過ぎ芒種に向っている。

 芒種(ぼうしゅ)とは、稲や麦などの芒のある穀物を植える時期と言われている。とわいえ、新潟では田植えがひと段落し、水を湛えた田んぼは、一面の緑の苗が美しい季節になっている。

 

 季節を少し振り返る。

 

 四月の下旬、田んぼに人が帰ってくる。そして、田起こしが行われ田んぼの土が掘り起こされると、土の中の虫を狙ってサギ類などの鳥が田んぼに集まる。

 さらに田んぼに水が入り、代掻き、田植えが行われると、カエルが帰ってくる。

 水田の近辺で生活する方々にとって、夜、窓を開けると聞こえてくるカエルの鳴き声で、また一年季節が繰り返された事を聴覚で感じ、実感される方も多いと思える。

 こんな感じで、田んぼでの仕事が始まると、連鎖的にあらゆる生物が躍動し始める。

 また、五月は新潟県各地で春の祭礼が多く開催された月でもあった。あまり知られていないことなのだが、新潟県は日本の中で一番神社が多い都道府県である。

 その一つの要因として、これもあまり知られていないことなのだが、明治時代には新潟県が日本の人口ランキング一位であった。一説によると当時から米の収穫量が多いので新潟に人口が集中していた、と言われている。日本人の約九割が農業に従事していたと言われている時代である。

 米の収穫量が多いということは、それはつまり、人が生きて行くエネルギーを沢山、生産している土地ということになり、それが人の流入や定着化を生むことになる。

 例えは悪いのだが、前出のエサが多くある田んぼに、沢山の鳥が集まるように、人間が生命体として物理的に生き抜き易い所には人が集まる、ということなのである。

 話を神社の数に戻すと「人が多い」=「願い事が多い」と仮説づけができる。五穀豊穣、無病息災、心願成就など、人は季節や個人の状況に合わせて色々なものを願う。そして、その願いを吐露し、心の拠り所とするために人は各地に神社を建立してきたとも言える。

 その昔、新潟の人々は幾度となく、水害に苦しめられ生きてきたことを当WEBマガジンでも綴ってきた。日本一の河川、信濃川や阿賀野川の下流域の地理的な事情によって、もたらせられてきたことである。そして、その信濃川の土手沿いの集落には、大概「諏訪神社」が鎮座されている。そもそも、諏訪神社は風、水の神であり、農耕の神である。古より、この地の人々は、いかに水を治め、米を豊作させることを切に願っていたことが、この事からもわかる。

 

 その土地に鎮座されている神社から、その土地の古の人々の願いを紐解く。

 

 そして現在の、その土地の風土や産業を体験する。地方を訪れる際の一つの楽しみ方だと思う。

加茂市、青海神社。安産、子育ての神として信仰が深い。